好きなことをしてきた人生

  

矢ヶ部 真弓(ヤカべ マユミ)
福岡県那珂川市在住:母と二人暮らし

美容師、病院事務を経て、大橋歩さんや堀井和子さんの影響を受け、26歳で生活雑貨の道へ飛び込みました。
地元福岡の会社が経営するビルの直営店です。
当時は、雑誌オリーブやananが『生活雑貨』という言葉を使い、特集を始めた頃で、ようやく日本にも『衣・食・住』の『住』にスポットがあたるようになってきた時代でした。
バブル崩壊後でしたがまだまだ福岡は元気な時代でしたから、新しい形式の『雑貨店』はモノを陳列するとどんなものでも瞬く間に面白いように売れました。

まもなく、天神周辺に有名な雑貨店が次々とオープンします。
その影響もあってか、自店への集客が減少し始めました。
どんなに頑張っても雑誌に載るような有名な雑貨店には敵わない・・
ネガティブな気持ちも時にはありましたが、スタッフみんなでビルの前でビラを配り、売り場を工夫し、顧客を作り、できることは全てやり尽くしました。

それでも集客が戻らない・・
そんなある日、有名雑貨店へ出向社員としての勤務が決まりました。
いつも雑誌で見て憧れていた雑貨店が、九州初として天神にオープンすることになったからです。
確か社長同士が知り合いで、このような体勢をとることになったと記憶しています。
何はともあれ、そこのスタッフとして勤務できるなんて夢のよう!
推薦してくれた社長に感謝です!!
準備期間を経て、福岡店のオープン、そして百貨店のグランドオープンも同時に経験し、このことはおそらく人生の中で一番貴重な経験となりました。

オープン後は、毎日、毎月、毎年、売上が向上し続け、時代や雑貨店の知名度もあったかとは思いますが、毎日忙しい中でもお客様の目を見て「こんにちは」とご挨拶をする、どんなにレジが混んでいても商品の特徴やお手入れ方法は必ずお伝えする、お預かりするお札やお渡しする商品を丁寧に扱う・・などを徹底して行うことで、結果、多くのかたにリーピーターになっていただけました。
雑貨店なのに、洋服を扱うブティックのようなショップに意図的に作り上げたのです。

自由が丘や銀座店、大阪店には人口や集客で負ける・・ならば福岡店は『人』で勝負!
その想いがリピーター獲得に繋がったのだと思います。
気付けば、スタッフそれぞれに多くの顧客がついていました。

そして、母体となる会社の方針『ショップはディスプレイで決まる』で、レイアウト、陳列、ディスプレイに関しては本当に鍛えられました。

それはもうとても厳しかったですが、今となっては感謝しかないです。

顧客の増加、売上増加、ディスプレイ力アップ・・それを見届けた後、私は自営業へ。
南区大楠のビルに小さなショップを持ちました。
人と同じことはしない、国内仕入れはしないことを自分に誓い、最初はフランスや東欧へ、のちに北欧へヴィンテージの生活用具を買付に行き、販売を始めました。
最初は雑貨店時代の顧客の方々に助けられながら、やがてホームページやSNS、オンラインショップで自由に発信できるようになると新たな顧客の方々ができ、その方々がご友人にご紹介してくださり・・
まさに、顧客のかたあってのショップでした。

会社の頃の『売れるモノを仕入れる』『ニーズに合わせたショップ作り』と、自営の頃の『好きなモノを好きなように仕入れる』『私のスタイルに合わせたショップ作り』と、両方経験して思うのは、どちらも大切なことは『バランス』だと感じます。

会社経営のショップだからダサくてもいいのか、売上を狙っているからイケてないショップでいいのか・・
私はいいとは思いません。
日本の『衣・食・住』の『住』が、ヨーロッパの先進国と比べ20年は遅れていると昔から言われていますが、この20年の差は日本のショップの責任だと思うのです。
会社経営のショップでも、売上を狙っているショップ(皆さん狙うのは当然ですね)でも、見やすく、分かりやすく、風通しの良い、センスのある空間作りを行うことで必ず売上は向上します。
その方法をお伝えすることが私の使命だとようやく気付き、この講座をさせていただくことにしました。
一つでも、何かを感じていただけたら幸いです。

2020
10

矢ヶ部 真弓

 

ディスプレイ講座